つっぴ君と 長野旅行2

つっぴ君は、長野が好きでした。暑がりだったので、涼しいところが好きだったのでしょう。高原、というものに憧れているようでもありました。遠い北海道より近くの長野だったのかもしれません。


気に入っていた理由のもう一つは、おそばです。つっぴ君は、麺類はなんでも、おそばも大好きでした。
長野でよく食べたおそばは八割とか十割そばで、歯ごたえと香りがしっかりしたものでした。それが大きな板にのって出てくるのです。東京のおそばは、おやつ、あるいはお酒のつまみだったということで、一人前はほんのちょっとですが、長野で食べたおそばは大きな板を十分に覆い尽くす量で、つっぴ君は大満足でした。


父の家の近くには、有名なお店が何軒かありました。吉田照美のやる気満々でも名前の挙がった清春のお店は、毎日早々に売り切れるというので、行かないままでしたが、宮崎駿監督が来るという「おっこと亭」には度々足を運びました。昔から自分でうっていたおそばを、自分の家で出す民家もありました。このお店は父の家のすぐ上にあり、つっぴ君の一番のお気に入りでした。
親戚が集まる居間のような広い畳の部屋に、足を折って畳む長いテーブルがあり、自家製の浅漬け、塩揉みキャベツと、好きなだけかけていい化学調味料がおいてありました。「こんにちは」と声をかけて、特に歓迎されもせず中に入って座っていると、お茶をお盆に乗せたおばさんが出て来ました。注文すると、たぶん二人で4人前くらい頼むからだと思いますが、ちらっと顔を見られました。つっぴ君が、その一瞥をタバコの煙を吐きつつ、受け流すと、「はい」とも言わずに、おばさんは下がり、やがて「いかがなものか」と思われる量のおそばが乗った大きな板が出てくるのでした。


二人で4人前なら食べられるとお思いかもしれませんが、その固ゆで加減、その太切り加減には、おそばなのに胃に悪いと思われるほどの重量感があり、さすがのつっぴ君も3人前が限界でした。帰りがけに食べたりすると、山梨県を抜けてなお自分から立ち上るおそばの香りに、胃が痛くなったものです。


一度、神田の有名なおそば屋さんへ二人でいったことがありました。大晦日に繁盛するおそば屋さんをテレビで観ていて「すごいねぇ」と言ったら「会社の近くにあるで」と連れて行ってくれたのです。年末のにぎわう有名店、といった体で連れて行ってもらえるのかと思っていたら、すっかり季節も変わった頃、平穏を取り戻したおそば屋さんに案内されました。お昼も遅い時間、古めかしい店内の静かにおそばを味わう年配サラリーマンの姿がちらほら見える中で食べたおそばは、大人の味でした。



山形で食べた「赤鬼そば」です。大きな口を開けている顔を、想像してお楽しみください。