つっぴ君と つっぴ家のおかあさま

つっぴ君は 大学生の頃、滅多に家族と口をきかなかったそうです。高校生の頃も中学生の頃も、そうだった言います。


大学生の頃、つっぴ君は時々私を家へ招いてくれました。家族に紹介するとかいうことではありません。私が挨拶をしたり、家族の方が迎えに出てきたりすると「いいから」と、さっさと部屋に入っていました。
ある日、私がつっぴ君のお部屋にいると、がらっと戸が開いてお義母さんが入ってきました。ノック的なものはありませんでした。お義母さんは私の前に大きな楕円の中華皿を差し出し、「おいしいか、まずいかわかんないけど食べて」と言いました。夕食時までお邪魔していたわけではありません。お茶とお菓子的なタイミングで、それは出てきました。
お義母さんが出て行くと、つっぴ君は「食べなくていいからね!」と言いました。確か酢豚でしたが、熱々でとてもおいしかったです。


お正月のことでした。待ち合わせの駅前で、バスを降りてきたつっぴ君は、着物を着ている私にたいそう驚きました。ウールの格子柄の普段着みたいな着物です。でも、つっぴ君はまるで貴重品が頭にリボンを乗せているかのように私を見ると、「これはあちこと歩き回らせられないなぁ」と言いました。近所の神社で初詣を済ませ、近所の公園で写真も撮ると、つっぴ君は「車で送る」と、私を家に連れて行きました。
しかし、お正月のつっぴ家は親戚持ち回りで活発に新年会をしていました。その日はつっぴ家でこそ開催されていませんでしたが、つっぴご一家はお留守。車もありません。やむなくテレビを観たり、また写真を撮ったりしていると、ようやく家の前に車の停まる音がしました。
珍しくつっぴ君は玄関で家族を迎えると、私を送ってくるから車の鍵を貸せと言いました。すると、お義母さんが「こんな時間まで、家の人が心配してるでしょ!!」とつっぴ君を叱り飛ばしました。つっぴ君も全くひるまず「そっちが帰ってくるのが遅いんだろ!!」と言い返します。遅くなるくらいならバスで送ればいいだろう!うるさい!車で送るんだ!なんでだ!の言い合いの末、つっぴ君は「見てみろよ!!」と部屋の戸を開け放ちました。
「あけましておめでとうございますー」と、玄関の言い合いは一言も聞こえませんでしたよという風情で新年の挨拶をする私を見るや、お義母さんの目尻はみるみる下がっていきました。「まぁまぁまぁまぁ!」大喜びで部屋に入って「まだいいから、ゆっくりしていって」と言い出さんばかりのお義母さんを押しのけると、つっぴ君は「さ、遅くなったから送るから!」と私を引っ張りだしたのでした。


つっぴ家は男の子が二人でした。よく近所の小さい子供を預かっていましたが、お義母さんは女の子をことのほか可愛がっていました。それと同じように、お義母さんは私のことも可愛がってくれましたが、つっぴ君はお義母さんが私にかまうのが気に入らなかったようでした。


お義母さんも、もうずいぶん前に亡くなりました。病気で入院して、あまり口もきけなくなった頃、お見舞いにいった私の顔を見て「かわいいねぇ」と笑顔を見せてくれました。最後まで可愛がってくれました。