つっぴ君と 夏休み

つっぴ君は、渋滞や混雑が大嫌いでした。会社のお休みも、なるべく行楽シーズンを外してとっていました。
なので、どこかへお出かけというときには、桜なら咲いていなかったり、紅葉ならまだ青々していたりしていました。毎年でかけた山形へのお墓参りも、お盆は外して行っていました。


お墓参りでは、毎回違う温泉に泊まるのが楽しみの一つでした。
ある時「改装したばっかり」の、やる気満々の温泉宿に泊まったことがありました。お風呂場の脱衣場は、まっさらの畳が敷かれていました。湯上がりの素足にひんやりしてさわやかな畳の感触は、とても心地よいものでした。そこから見える小さな坪庭には、掛け軸のような植栽がこじんまりと植わっていました。毎回、温泉では痛い目に遭うつっぴ君でしたが、この時は何にも遭遇しなかったようでした。お風呂上がりのつっぴ君は「畳やったでー!畳」と、うきうきしつつ「衛生的にはどうなんだ?」といろいろ考察を巡らせていました。


夕食は食事処の個室に案内されました。茶室のような小さなお部屋に、床の間があり季節のお花が生けてありました。つっぴ君と私はお品書きを手に「これはなんだ」とお皿の来るのをわくわく待ちました。お皿が届くや「これがこれで、こっちがこれ」とお品書きと見比べながら食べ、食べては「甘い」の「それ、中身何?」だの言い、また食べました。砂糖がかかった甘いトマトに私が驚愕していると「ほらな!山形ってトマトに砂糖かけるんやでー」と、得意満面で解説もしてくれました。おつゆのお椀も空にして、大盛りの白いご飯も食べ終わり、つっぴ君は満腹の大満足でした。


そこへ、お盆を掲げた仲居さんが現れました。空のお椀、空のお茶碗をすいっと避け、つっぴ君の前に置かれたのは、どんぶりでした。どんぶりの中身はカレーうどん。THE温泉宿といった夕食フルコースの後に、何故かカレーうどんが現れたのです。
あっけにとられている私たちに仲居さんは言いました。「当宿名物のカレーうどんです。よろしかったら、お召し上がりください」
名物を残す訳にはいきませんでした。おなかいっぱいのつっぴ君は果敢にカレーうどんに箸を伸ばしていました。そのとき私はふと思い出したのです。夕方のニュース番組で取り上げられていた生き残りをかけたリニューアルに挑む温泉宿と、新開発の目玉商品のことを。
「つっぴ君、そのうどん・・・」「このうどん・・・麺が一本や!」
カレーの中から高々と持ち上げられたうどんは、人差し指ほどの太さの極太一本麺だったのでした。


「一言、最後にカレーうどんがありますって言ってくれたらよかったのに」とこぼしながらも、もちろん、つっぴ君は完食しました。私はぱんぱんのおなかをさするつっぴ君に「目玉商品だから。奥の手だから」と仲居さんの代わりに、お詫びを申し上げたしだいでした。


そろそろ初盆です。今日は新しい仏壇も注文してきました。つっぴ君が買ったつっぴ君のお家には、すでにつっぴ君の王国がありますが、さらに秘密基地といいましょうか、別荘といいましょうか、獲得することになりました。気に入ってもらえると嬉しいなぁと思います。