つっぴ君と 本

つっぴ君は読書が好きでした。雑誌も好きでしたし、文庫、新書、ハードカバー、本は必ず買って読んでいました。


つっぴ君は電車の中などで「西武鉄道の線路より南を走ってる電車は、みんな東急のなんやで」などと、プチトリビアを披露することがありました。「なんで?なんで?」と食いつくと「猪瀬直樹を読みなさい」などと言われたものです。そんなふうに、さりげなーく自分の読んでいる本を宣伝するので、立花隆猪瀬直樹は、私も読みました。宇宙物も好きで読んでいましたが、貸してもらった私が「ここ、わかんない」とページを広げて持っていくと「おにいさんも、わからん」と、この分野についてはたいそう頼りなかったです。
難しそうな政治の本とか、いかにも読後感が悪そうな宝島系の本は別として、つっぴ君の本棚には面白そうな本がたくさんありました。「これ貸して」とソファに座るつっぴ君に言うと「いいで〜」と何か確認するでもなく貸してくれました。読み終わった私が滔々と感想を述べるのを、特に何を言うでもなく聞いているかと思うと、本棚に連れて行き「これ、読みなさい」と続きを貸してくれました。


つっぴ君は、興味のある分野や作家の作品を集めてしまう癖があるので、その時何が気になっているかは、聞くと教えてくれないのですが、だいたいわかりました。
私が休日の新聞の書評欄につっぴ君が好きそうなものを見つけて知らせると、つっぴ君は翌日には三省堂のカバーのついたそれを持って帰ってくるか、あるいは、新聞を広げて得意そうにしている私の前に、三省堂のカバーのついたそれを鞄から「ほい」と出してみせるのでした。


つっぴ君の読んでいる本は私も読みましたが、その逆はあまりありませんでした。私は本を買うタイプではなく、図書館で借りるのが好きだったからです。また、私の好きな本は、必ずしもつっぴ君のお気に召す物ではなかったので、読むようにすすめることはあまりありませんでした。それでも、つっぴ君が本当に気に入りそうだと思った時は「面白いよ」と一言報告することがありました。
ある時「何、食べる?」と聞いた私に、つっぴ君は「さかきの大トロ」と答えました。それは私が「面白かったよ」と話していた小説の中のお店の名前でした。本を読んでも、映画を観ても、あまり感想を口にしない、小説については特に好みに隔たりのあるつっぴ君の「気に入りました」らしい一言が、私はとても嬉しかったです。


後日、つっぴ君はその小説の映画も観て「名取裕子・・・あの役には年取り過ぎ・・・」と肩を落としていました。「だから映画は観るなって言ったのに・・・」と言うと、「仕方ないのぅ・・・若い子はやれん役だからのぅ」と首を振っていました。