つっぴ君と こだわりの黒

つっぴ君は、黒くてごつごつした感じのものが好きでした。ブラックデニムのストレートに安全靴みたいな黒いショートブーツ、ベルトも鞄もタバコケースも黒い革で、ウエストバッグも黒で革でした。


ジーンズはともかく、他のものは買い物に苦労をしました。

まず靴はサイズがありませんでした。横浜中を歩き回ってみつからず、最後は大きいサイズの靴の専門店にも行きましたが、そうすると今度は気に入ったデザインのものがないのです。私たちは再び横浜をぐるぐる巡ることになりました。そうして買った靴を、つっぴ君は本当につぶれるまで履いていました。

ベルトもサイズがありませんでした。ベルトにサイズがあるって不思議ですが、回りきらない場合はそう表現するしかありません。長ーいものには、やはりつっぴ君のお気に召すデザインのものはなく、お買い物に行くと常にベルトを探しているような状態でした。つっぴ君の好みのベルトは、真っ黒で分厚い革のものです。それでも、革がよれよれになって穴のところで裂けそうになるくらい使っていました。

鞄とウエストバッグが一番見つかりませんでした。鞄屋さんにはなく、アウトドア店にもなく、革製品専門店にもなく、ハンズやロフトにも行きました。つっぴ君には自ら思い描く理想のバッグがあったようです。そのイメージする力の強さが災いして、なかなか妥協ができなかったのでしょう。やはり、どこへ行っても鞄屋さんがあると、常に鞄やウエストバッグを探していました。


それだけこだわって買い物をしていたつっぴ君が、ある時スポーツ用品店でスニーカーを手に取って見ていたことがありました。底こそ、いつものつっぴ君の靴のようにごつごつしていますが、メッシュ素材で、色だって鮮やかです。ランニングでもするのかなぁと思って聞くと「会社に履いていくのにどうかなぁ」と答えました。びっくりして、つっぴ君とスニーカーを見ていると「会社の若いのが、こういうの履いてるの」と言うのです。今までのブーツタイプは重くて、履いたり脱いだりが面倒で、履いていて疲れるようになったそうでした。「会社の若いのが履いてるのは、紐じゃない、ベリベリっていうやつ」と、手にしていたスニーカーをラックに戻すと、そのベリベリいうやつを探し始めました。一緒にベリベリいうのを探しましたが、急な宗旨替えに自分でも戸惑っているようで、結局これというものが見つからないまま、その時は新しいスニーカーは買いませんでした。


その後、黒いメッシュで底がごつごつしていて、ベリベリは言わないけどスリッポンタイプのものを買いました。会社にも履いていくようになって、しばらくしたある日のことです。つっぴ君は玄関で靴を脱ぐや、「この靴、ダメ!!」とぷりぷりご立腹でした。「すっごく滑るんや!危なくてしょうがない」靴底にはずいぶんでこぼこがついていたのですが「まったく役に立たん!」とのことでした。しかし、新しく靴を買おうにも、いつもなかなか見つからないつっぴ君は、しばらく我慢して、その靴を履いていました。怒って帰ってきた日は東京駅で滑ったらしいのですが、もう雨さえ降っていればマンションのエントランスさえ危険地帯だったようです。


最近、ネットで自分のトレッキングシューズを買う下見をしていたら「トレッキングシューズなのに致命的に滑る」と酷評を受けている靴がありました。つっぴ君を駅でエントランスで怖い目に遭わせた例の靴でした。みんなもこう言ってるよと、つっぴ君に知らせてあげたい気がしました。「当然。おにいさんの言うことは何でも正しい」と言われるに決まっていますね。




私が選んだので、今ひとつお気に召さなかった茶色い靴。まだタグが付いています。
いい臭いがするようです。