つっぴ君と 省エネ無口主義

つっぴ君は、あまりおしゃべりではありませんでした。しゃべることが嫌いなのではありません。会話の輪にいることも好きだったと思います。でも、自分から人に話しかけたり、相づちをうったりすることはほとんどありませんでした。


家では返事さえしませんでした。「おかず温める?」と聞いても返事がないので振り返ると、ソファーでリモコン握ってテレビを見つめながら、しっかり首を横に振っていました。「ごはん大盛り?」と聞いて振り返れば、ただ大きく何度もうなずいていました。「どれぐらい大盛り?」と聞くと、すくっと立ち上がって台所に来て、自らおしゃもじで好きなだけご飯をよそい、お茶碗を持ってソファーに戻っていました。
つっぴ君は「うなずき」「首の振り」の大きさや力強さで、どれぐらいイエスなのかノーなのかを表現していました。たとえ私が遠くにいても違う部屋にいても自分のスタイルを崩さないので、私は答えを見るために毎回つっぴ君が見えるところまで行かなければいけませんでした。


この横着不遜な態度は、本当なら相当な非難を受けてしかるべきだと思うのですが、あまり頭にはきませんでした。一つは、こちらも相手の顔も見ないで話しかけるのは失礼だと思ったことです。もう一つは、つっぴ君の全力のうなずき、あるいは首の振りに「伝わるまで一生懸命うなずきます。振ります」という誠意が感じられたからです。返事がないので部屋まで見に行った時、座椅子に寝転がってテレビを観ていたつっぴ君は、画面から目は離さないまま、ずっとうなずいていました。私が台所で話しかけてから、ずーっとうなずいていたようでした。それを想像するとなんだかおかしくて、うんとかすんとか言いなさいよという気持ちはなくなってしまうのでした。


いもうとたちと一緒に話をしているときも、つっぴ君はただ黙って聞いているだけでした。ごく稀に吹き出す他は、タバコの灰を灰皿に落とすタイミングでふふっと笑うくらいでした。いもうとたちはつっぴ君が楽しめるように、いつもプロレスなどのつっぴ君の好きな話をしてくれていました。私はところどころで「ねぇ」とか「知ってた?」とか「見たことある?」とか「誰だっけ?」とつっぴ君を振り返り、つっぴ君は「そうそう」とか「あー、そうね」とか「うんうん」とか「高田」と返事をしていました。それだけお膳立てしておしゃべりをして自宅に帰って「楽しかったねぇ。つっぴ君、よく知ってるねぇ。」と言うと「当然!」と答えるのでした。


家ではそんな調子だったので、つっぴ君が会社ではずいぶんちゃんと人と会話をしているらしいと知って、とても驚きました。「喫煙室でねぇ」と話してくれる「今日あった話」はボリュームたっぷりの内容だったのです。しかも後日「あの話どうなったの?」と聞くと「あれねぇ、聞いたらねぇ」と続編も披露してくれました。少なくとも相づちはうたなければ、喫煙室での円滑な会話は成立しないはずです。家では家の、外では外のつっぴ君がいるものなんだなぁと思いました。会社で知り合いになっていたら、全然違う顔をしたつっぴ君と知り合えたのかなぁと思うと、会社の方が少しうらやましく思えます。