つっぴ君と 冷やご飯のこだわり

つっぴ君は、冷めたご飯が好きでした。夕食を温め直そうとすると、ぷるぷる首を振りました。元々温かいはずの食べ物なら温め直して食べた方がおいしいと思うのですが、つっぴ君は「冷たい方がおいしい」と主張して譲りませんでした。


つっぴ君は汗っかきで、温かろうが冷たかろうが何か食べれば汗をかきました。なので温かいものを敬遠したのもあると思います。でも、つっぴ君の主張は違いました。「温かいと十分に味わって食べられない」と言うのです。日頃つっぴ君の早食いぶりを見ている私には、冷たければ冷たいほど十分味わう暇もなく飲み込んでいるように思われました。でも、そうではないと言うのです。
食べ物が温かいと、あちちと熱さばかり気になって味がしない。
食べ物が温かいと、熱くて口にいっぱい入れられなくて結果味がしない。
それがつっぴ君の理屈でした。


帰りの遅い日の夕食に、冷えたおかずを出すのは抵抗がありました。でも、それが「おいしい」と言うのですから仕方がありませんでした。カレーライスの時ですら、カレールーを温め直さないのには驚きました。表面に膜が張って、お鍋の縁で脂が粒になっていても、温め直してはいけないと言うのです。「だって、ご飯が熱いから」それがつっぴ君の言い分でした。その上「できたらご飯も冷めていた方がいい」と言い、休日のカレーの日には、早めにご飯を炊いて、お皿にたいらによそって夕食まで台所で冷ましたりもしていました。「だってカレーが熱いから」それがつっぴ君の言い分なのでした。
つっぴ君はグラタンも好きでした。私はお鍋いっぱいにグラタンを作って帰りを待っていました。帰ってきたらオーブンや魚焼きグリルに入れてこんがり焦げ目をつけようと思ったのです。ところが、つっぴ君はそれも焼くなと言いました。こんがりさせないグラタンなんて、煮詰まったクリームシチューだと思うのは私だけでしょうか。つっぴ君一人前のグラタンを作るのに、耐熱皿を総動員して、オーブン、魚焼きグリル、三口コンロのすべてをスタンバイして待っていたのに「焼かないで」と言うのです。そうしてお鍋ごと抱えてソファーに座って、テレビを観ながら黙々とグラタンを食べていました。


とにかく冷たい食べ物が好きなつっぴ君は、おそばもいつも冷たいものを注文していました。近所によく通ったおそば屋さんがありました。つっぴ君はいつも鴨せいろとカツ丼を注文しては、私と大盛りにする、大盛りにするなと揉めていました。
ある日いつものようにおそば屋さんへ行き、つっぴ君は鴨南蛮を注文しました。すると一度は厨房へ注文を伝えに行った店員さんが戻ってきて言いました。「いつも鴨せいろですが、鴨南蛮でいいんですか?」
「鴨南蛮でいいんです」と返事をしながら、店員さんがつっぴ君を覚えていてくれたことに私はとても感激していました。


そのおそば屋さんも昨年でお店をたたんでしまいました。いつも鴨せいろを頼むつっぴ君が2年あまり通ったお店でした。鴨せいろもカツ丼もダブルで大盛りにしようとするつっぴ君にも動じなかったお店でした。閉店は残念ですが、とてもいいお昼の時間を過ごせたことをありがたく思っています。