つっぴ君と ちびっこたち

つっぴ君は、子供が転げ回ってムキになって遊ぶ姿を見るのが好きでした。「あほーやのぅ」と言いながら、飽きずに眺めていました。


近所の小学校が校庭を解放していた頃、思い立ったように子供が遊ぶのを見に行ったことがありました。両手で抱えたボールを、バスケットゴールに向かってひたすら投げ続ける入学前の子供を見ては「ちっさw」と笑い、たった4人でサッカーに興じていたはずが仲間割れをしている子供を見ては「あほぅw」と肩を揺らして笑っていました。
小学生の野球チームやサッカーチームが練習している様子を見物するのも好きでした。校庭が施錠されるようになってからは、フェンスの外から練習や試合を眺めては「下手っぴぃやのう」と笑っていました。


一番最初の入院の時、まだ包帯もとれないまま近所の小学校に散歩に行ったことがありました。そこを目指してた訳ではなく、ぷらぷらしていたらたどり着いたのです。校庭の見える道路まで来ると、つっぴ君は足を止め、しばらく校庭を眺めていました。ちょうど昼休みだったのか、大勢の子供たちが外で遊んでいました。つっぴ君は再び歩き出すと、まっすぐ校庭へ入っていきました。
つっぴ君が校庭に現れると、3、4年生くらいの男の子が、近づいてきました。「鈴虫、見る?」その子供の問いかけに「おお、見せて」と、つっぴ君は答えました。「持ってくるから待ってて」と、その子は駆け出すと、すぐに箱を抱えて戻ってきました。箱の中にはたくさんの鈴虫が触角をわさわささせながらひしめきあっていました。つっぴ君が「ほ〜」と感嘆の声を上げると、その子は鈴虫の説明を始めました。
つっぴ君は説明に相づちを打ちながら、鈴虫に見入っていました。その子はつっぴ君に見えるように箱を抱えながら、つっぴ君の顔を何度も覗き込んでいました。そして、さもさりげない風を装いながら、聞きました。「怪我したの?」つっぴ君は箱を覗き込んだまま「手術したの」と答えました。「病気なの?」「そう。」「手術、痛かった?」「麻酔するから痛くないよ」つっぴ君が答えてくれることに安心したのか、その子は一番聞きたかったことを口にしました。
「腕から出てるの、何?」
つっぴ君の腕には点滴用の留置針とチューブがついていたのです。それが固定するためのネットの端から見えていたのでした。「これは、点滴するためのチューブ」つっぴ君が答えると、その子は「ふーん」と言いながら、やっとチューブをまじまじと見ることができたのでした。


休み時間も残り少なくなり、子供は箱をしまうと「バイバイ」と言って友達のところへ戻っていきました。つっぴ君も鈴虫のお礼を言って、小学校を離れました。帰り道で、つっぴ君は「おもしろいの〜」としみじみ言うと「鈴虫、見る?だって。自分がおにいさんのこと見たかったくせに」とぷぷっと笑いました。「包帯してチューブ付けてるんだもん。それは見たいよねぇ」と答えると「頭使ったんだろうなー、どうしようどうしよう、そうだ!鈴虫見せよう!」つっぴ君はまた吹き出していました。危うく改造人間にされるところだったかもしれないと話しながら、病室に戻りました。


その子は、たしかにつっぴ君の姿が奇異だったから興味をもったのでしょう。でも「怪我したの?痛かった?」と尋ねる顔は、本当に心配そうで申し訳なさそうでした。鈴虫も見せてもらって、おしゃべりもして、思いがけない入院や手術で気落ちしていたつっぴ君には、とても楽しいひとときでした。
彼ももう大きくなったでしょう。小学校に突如現れた謎の怪人のことは、もう覚えていないでしょうねぇ。